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ブログ童話館アートメルヘン ルノアールとゴッホ「ゴッホがゴッホに成った訳」

 

  
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  ルノアールとゴッホ

 

 
「ゴッホが世界のゴッホに成った訳」


 ほとんど無名で若くして亡くなったゴッホは、

(ゴッホの葬儀には、タンギー親爺のほかに、

ベルナールやリュシュアン、ピサロなどが参列したそうです)

そのままであったならきっと忘れ去られた画家として

終わっていたでしょう。


しかし、ゴッホは忘れ去られることは無く、今では

世界のゴッホとしてその名を轟かせています。

それは、ゴッホが真に絵画に対して真摯に向き合って

いたと言う事実も有るでしょうが、無名の画家であった

ゴッホを「自らの命をかけて芸術に向かい合った類まれなる、

画家ゴッホ」として世に広めた人の功績も多大にあるのです。


 ゴッホが亡くなった僅か三ヶ月後の1890年10月に

テオは精神に錯乱をきたし(ゴッホとテオの間にあった絆を強く感じます)

1891年1月25日ユトレヒトの入院先の病院で最大の

理解者であって唯一の理解者でもあった弟のテオが亡くなり

ました。その事は、ゴッホがこの世から忘れ去られてしまう

事でもあったのです。


 しかし、ゴッホは忘れ去られる事は無かったのです。いや、

それどころかゴッホは、世界のゴッホに成ったのです。


 その一番の立役者と言えば、テオの未亡人であるヨー

の存在が一番大きいのであります。

 

 

 

  

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